33年前の今日

お盆ですが、33年前の今日を思い出してみます。

33年前の8月12日、上野村で史上最大の航空機事故がありました。

8月12日の時点では墜落現場は特定出来ず。

翌13日、群馬県多野郡上野村と特定され、拠点は藤岡市。

田丸美寿々さんが夕方の民放のニュースでおっしゃっていた事。

搭乗なさっていた方々の安否を心配するご家族の方々の宿泊先が足りない。との事。

我が家は父親が船員でして、その時は「太平洋上」にいました。私には姉がいたのですが、その数年前に亡くなりました。

よって、私と母しかいません。風呂入って寝るだけなら、我が家でも十分かなと・・・

当然の事ながら、母に相談してみます。母は「協力出来る事はしますよ」との事。

という事で、田丸美寿々さんがおっしゃっていた電話番号に電話してみます。

なかなか、電話は繋がりませんでした。やっと繋がりました。電話の口調で「大混乱」が伝わってきます。

藤岡市までは直線で5km圏内。肝心な要件だけを伝えます。「10人程度受け入れ可能」あとは「待ち」です。

2時間程度経過したでしょうか?

折り返しの電話が掛かってきました。「12人お願いします」ウェルカムです。決定したからには出来る限りの準備をします。

母は押し入れからあるったけの布団を出します。風呂を全開沸かします。

で、私は迎えに原付で走ります。待ち合わせ場所は、ずばり「群馬の森」ここから私が原付で先導します。

原付の後ろには白バイ2台、そして大型観光バス。ノーヘルの原付が白バイ2台を先導するなんてあり得ない光景ですがその時は「あり」です。

「一切の遠慮不要」をお伝えしておいたので、洗濯機がフル稼働、お風呂がフル稼働、電話も使い放題。全てご自由にお使いいただきました。

電話したのは私ですが実際には母が全てやった事。

必死に風呂入って、必死に洗濯して、必死に電話して、全ての行動が必死な姿がとても印象に残っています。

一晩お泊まりいただきまして、翌朝出発。翌日は民間のホテルに空きが出来たのでそちらに移動。

たった一晩のお話でした。

私はこの航空機事故に関しては語りませんが、ご宿泊いただいた12人は二家族、この航空会社の乗務員のご家族でした。

その数年後、8月の慰霊登山で田丸美寿々さんにお逢いしました。といっても途中の休憩所でお見かけしただけなんですが・・・

不謹慎かもしれませんが、とても綺麗な方だった事を記憶しています。

そして、昨年、私の長男を連れて慰霊登山に伺いました。

長男はきっと何かを感じた筈です。

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